昨年2023年度プレゼンター候補紹介

第14回womanドリームプラン・プレゼンテーションのプレゼンター候補とプレゼンターを支えるパートナーをご紹介します
*順不同でのご紹介になります*

プレゼンター候補

プレゼンター候補

齊藤 美沙子 さん(青森県)

おいしいりんごと日本一の桜の名所弘前城がある青森県在住の齊藤美沙子です。

 

小学校・中学校と一部の人にいじめを受けていたことが原因で、ありのままの自分を見せるのが怖くなり分厚い殻に覆われて、笑わない仮面をつけたまま大人になりました。

 

20代前半のころ、東京で学生寮に住み込みで寮母さんをしていました。私なりにがんばっていたのですが、ある日無記名で「まずいメニューのフルコースが出てくる」と投書があり、若かったこともあって、心に深い傷を負ってしまいました。がんばっているのに報われない、私生きいて意味あるのかな?そんな風に思って生きていました。

 

そんな私も結婚して、子供が生まれて環境が変わったことで心境に変化がありいつまでも殻に閉じこもったままの人生なんてつまらない、何とかしたい!そう思うようになりました。でも、何をしたらいいのかわからない・・・。

 

長男が小学校4年生になったある日、学校から渡されたチラシを見せて「お母さん、これに出たいのだけど」と言って持ってきたのが、ガス会社主催の親子クッキングコンテスト。

初めての挑戦は残念な結果でしたが、逆に火がついて翌年青森県で優勝することが出来ました。今度は全国優勝したい、そんな目標を立てたとき三和文子先生と発酵料理に出会いました。発酵調味料を使って料理をしだしたら、なぜだか、幸せ。なぜだか、イライラしない。なぜだか、子供たちもニコニコ。なぜだか、きれいになってきた。なぜだか風邪をひかなくなった。

 

私は、発酵料理と出会ったことで、生きていることが楽しくなってきました。これってすごいことだなぁって思ったのです。今、生きていることが楽しくない。何をしていてもつまらない。そういう風に思っている人たちがいたら、毎日の食事にぜひ発酵調味料を取り入れてもらいたい。毎日幸せな気持ちで過ごしてもらいたい。

私の目標は、来た人が幸せになり、そこから家族に仲間に幸せが広がり、いずれは世界中がハッピーの連鎖に巻き込まれていく発酵料理教室を開くことです。

それをお伝えしたいと思い、Womanドリプラに出場してみようと決めました。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

プレゼンター候補

中村 睦美 さん(兵庫県)

芦屋の高級住宅街をママチャリの前と後に子供を載せて、髪振り乱して走り回っていた中村睦美です。

 

20年以上専業主婦で下の子が中学へ上がると、医療機関に3年、学童保育の支援員を8年ほど勤めていました。

 

昨年の11月から個人事業主として

「フォーチュンアートをいろんな方に知ってほしいと思っているけど、どうしたらいいのか?!」と、アンディさんの感情セッションを受けながら、その時の感情を話し

「私が主催のWomanドリプラやってみたら!!」と声をかけていただき、のりちゃんの「めっちゃいいよ!!」の笑顔に、

「やってみたい!!」と、

なんなのかも解らず好奇心だけがメラメラと。

 

「ドリプラ」=ドリームプレゼンテーション=私の夢を叶える為にこんなことをするから応援してください!!を語るの?「私の夢って?」

 

 

思春期の中学時代に、学級会で発言したことに男子生徒から「利己主義!!」と言われ周りがシーンと静まる中でコソコソと何かを言われている感覚に私の心は傷つき「私の発言は勝手なことなのだ」と思い、それから男子とは必要以上に話す事もなく、だんだん私の本音よりも中立的な立場で、人の目を気にして、周りの人にどう思われるのか?(良い子に思われたい)自分の事よりも人の為に尽くす。(人が喜ぶことが私の喜ぶ)本当の私がすり替えられ成長しました。

 

結婚してからも❝良妻賢母❞

❝三歩下がって歩く❞そんな私でした。

 

夫は、私の望みを“あかん”と言う人でも強制する人でもないのに、本音をなかなかぶつけられない私がいました。

 

気が利く妻、笑顔の嫁が良い私と思い込み、子育ても地域のボランティア活動も明るいお母さん、親切なおばさん。つまりお世話好きの私は、おせっかいなぐらいだったと思います。

 

子育ても終わり、家庭以外で生き甲斐ができたと張り切った仕事も更年期障害と燃え尽き症候群・夫への共依存になっていた私は、患者さんへの笑顔が消え笑えなくなってきました。

 

心と身体のバランスを崩し、家族に対して

「私は、もう必要ないかなぁ〜」と自己否定になり、生きる気力を失いかけた程でした。

 

そんな時に、創始者、松田範子さんのフォーチュンアートのイベントに参加し、1枚の絵を仕上げました。

その絵は、私が「私は必要ないかなぁ〜どうでもいいや!」と思った家族が、円の中で寄り添って、宇宙に浮かぶ惑星のように見えました。

 

その場でこらえていた感情が溢れ、人目を気にせず涙がでてきました。

自分の心をごまかす限界だったのかもしれません。

何度も何度も塗り絵を通して私の心と向き合い、私の孤独感、承認欲求、夫に依存して自立していなかった私の氣づきがどんどん出てきました。

 

そしてそれは、自分軸をしっかり持ち「自分らしく生きたい」「自分がご機嫌でいたい」と、強い思いになりました。

 

今、じっくり、私を愛で、

じっくり、私の歓びを知る。

人の為の人生ではなく、私は私の嬉しさを素直に笑い、自分の人生と向き合っています。

 

今の「私の夢は?」

みんなが自分のこと大好きで、笑って生きていることが最幸!!と、思っている事です。

 

Womanドリプラの舞台で、最幸の笑顔を見せたいと思っています 😁

プレゼンター候補

吉村 加奈子 さん(東京都)

東京都大田区生まれの横浜育ち

結婚と同時に生まれた大田区に戻る。

中学2年の時に初めて美容室に行き、美容師になろうと決めました。

美容師として15年、その間に結婚をして子育てと仕事のはざまで思うようにいかない事に苦しむ。

2008年にガンになり、生きている時にやりたいことをしようと思う。

小さい頃から色が好きで、キラキラしたものが大好きだった私が、天然石に出会う。そこからワイヤージュエリーの世界に惹かれて学び始め、「今は心に光を灯す、世界に一つだけのオンリーワンジュエリー」を作り出すアーティストとして活動しています。

ですが、1人での活動には限界があり、「自分の事業として満足がいっているのか?」「上手くいっていると自信を持って言えるのか?」と自分に問いかけてみると疑問が残っていました。

私の中には、まだまだ乗り越える課題があると感じていましたが、それをどうしたらいいのか分からないとモヤモヤしている時に、友人から Woman ドリプラの事を紹介されました。

自分の中を掘り下げ、壁を突し、もっと自分に自信を持ちたい!

そして、その先にある自分の心から望んでいる未来を手に入れたい!と思って

参加することを決めました。

正直、このチャレンジにはまだ不安でいっぱいですが、この機会を活かして、迷いなく自分の人生を歩める様になるために頑張っていこうと思います。

皆様、応援よろしくお願いします。

 



プレゼンター候補

浅野 あい さん(愛知県)

私の名前はひらがなですが、愛情を意味する「あい」です。

 

「誰からも愛される子に育ってほしい」という親の想いが込められています。

 

ひらがなであるのは「誰でもすぐに覚えられるだろうから」「女の子だし柔らかい感じでかわいいから」と、いつだったか母から聞いた気がします。

 

でも私はそんな自分の名前が嫌いでした。

 

自分は誰からも愛されていないと、どこにいても、家族といても孤独を感じていたから。

 

そして私は母が嫌いでした。

嫌いと言うより怖かったんです。

いつも怒られてばかりいたから。

 

母は中途半端が嫌いで、何でもいつでも私に完璧を求めてきました。

 

私は子どもの頃からアニメが好きで私なりの夢をいくつか持っていたのですが、その夢はすべて母に否定され、反抗して母が決めた道を進む以外の選択をすることもできずに生きていました。

 

子どもの頃からため込んだ母への不満が爆発したのは21歳のとき。

 

私は神経症(当時は「自律神経失調症」と言われ、精神疾患ではないと言われていました)を患い自分を見失いました。

 

病気の原因は母との確執だけでなく、心の成長が止まっていて大人になりきれていなかったこともあると医師に言われ、生き辛さを感じ、就職しても長続きしませんでした。

 

働けない自分が嫌で自暴自棄になったとき、初めて母に「自分のやりたいことをしなさい」と言われ、大好きだったイタリアのフィレンツェへ行き、4ヶ月間ホームステイをしながらイタリア語の勉強をしました。

 

帰国後、もともと手話サークルの仲間だった夫と付き合うようになり、2年の交際を経て結婚しました。

 

自分の病気と向き合うために心理学を勉強したいと思ったときに、花の癒しであるフラワー心理セラピーに出逢い、フラワー心理セラピストになりました。

 

10年ほどセラピストとして活動をしていましたが、12年前、東日本大震災が起きた年の秋に、今度は統合失調感情障害を患って精神障害者となり、それまでのように活動することができなくなりました。

 

私は再び自分を見失い生きる意味が分からなくて、何か問題が起こると死に急ぐようにOD(薬の多量摂取)を繰り返していました。

 

私が障害者になったのをきっかけに夫は介護事業を立ちあげ5年ほど運営していましたが、借金が膨らみ夫婦で自己破産をすることを決め、もう一度2人で1からやり直そうと名古屋に引越したのが5年前。

 

そして昨年は私たちが結婚してちょうど20周年でした。

 

【WOMANドリプラとの出逢いと意気込み】

 

私は夫に負担をかけてしまったという罪悪感から、名古屋に移り住む前からコーチングを学び、3年前にとある保険会社に障害者雇用で就職しました。

 

2年ぐらいはずっと安定した生活をし落ち着いていましたが、昨年の人事異動で職場の環境が一変してしまったことに将来の不安を感じ、私の心は不安定になりました。

 

そんなとき、コーチング仲間だった三浦紀子ちゃんがこのWOMANドリプラにエントリーし、私は彼女のプレゼンを見るため東京に行きました。

 

ずっと知らなかった彼女の内面を知り、他のプレゼンターさんのプレゼンに心を動かされ、私はこの1年、自分を見失う前に感じていたのと同じような孤独を感じていたことに気づきました。

 

ちょうどタイミングよく、私がフラワー心理セラピーを学んだカレッジの運営のお手伝いをする話があり、私は年度末の3月で会社を辞め、もう一度セラピストとして活動したいと思い、WOMANドリプラにエントリーしました。

 

10年後に夫と一緒に叶えたい夢があります。

 

そのために私は、過去の自分に戻るのではなく、自分らしさを取り戻しながら新しい自分になりたいと思っています。

 

喋ることができなくなって、プレゼンできないかもしれない…そんな不安もありますが、仲間と一緒に思いっきり駆け抜けることができたらいいなと思います(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)

 

プレゼンター候補

阿保 妙子 さん(青森県)

りんごとねぶたで有名な青森県出身の

阿保妙子です。

 

高校卒業後、調理師専門学校に入学し、青森の県病の病院食にたずさわり、33年間、働いて来ました。

 

とにかく生活の為に働き、子供の夢を応援し、その時、長男に、お母さんの夢ってなあに?って聞かれたとき、お母さんの夢は、あなた達の夢、しか浮かびませんでした。

 

そういえば、自分の夢なんて、年齢を重ねて来ると、このまま、仕事して退職していきていくんだろうなって思っていました。

 

そんな私が、次男の病気、過敏性腸症候群になったのをきっかけに、食べ物を少し気をつける様になりました。

 

とても大好きだったうどん、スパゲッティ、ラーメンなど小麦粉を使った食べ物をやめました。

 

他に牛乳、お菓子、なども。

 

もちろん次男にもあんまり食べさせない様にしました。

 

もっと料理を学ばないと、っと思い、そんな時発酵料理の講座に出会いました。

 

発酵の事を学ぶのは、初めてで、一からの学びでした。

 

先生に、たえちゃんの夢は?って聞かれたとき、んー、お弁当やとかcafeをやれたらなって言い、まっそれは3年後とかかなあ、って言ったら、それは遅いよって言われ、先生に背中を押して頂き、次の年の夏にcafeオープンする事を決めました。

 

じゃあ、もっと料理を覚えなきゃと、今までやれなかった分、やりたいと思ったら、直ぐ決めてやっていました。

 

そしてドリプラも直ぐ決めました。

 

アンディさんと話をしているうちに、ワクワクが止まらなくなって、心臓が飛び出るくらいになり、一瞬動悸が激しくなりました。

 

それだけ将来の夢が、今までより更に大きくなって、ワクワク状態でした。

 

cafeオープンに向けて動きながら、料理教室を、リアルとオンラインで開催していました。

 

お料理教室の楽しさをもっと知り、一人一人と話すのが楽しくて、料理教室をやりながら、月に2回とか何処かでcafeをやるのが私のこれからの夢になりました。

 

沢山の人に、発酵料理を食べて頂き、心と身体を癒して、幸せな気持ちになって欲しいです。

 

私もここで、自分がご機嫌さんになれる学びをたくさんしています。

 

この前まで自分の考え方にブロックがあったのに、あれ?不思議、ブロック取れた?不思議って気持ちになっていました。

 

私は自分の夢を叶えると同時に、自分軸で生きていける凛とした女性になるのも目標です。

 

ここで、それを叶えられるし、開運もあると聞きました。

 

womanドリプラに出会えて、私は運がいいです。

 

日々心の変化をしている自分が、大好きです。

 

プレゼンター候補

武田倭加子 さん(東京都)

武田倭加子 山梨県出身

 

私は、みんなも私も笑っていられる世界が一番だと思っています。

その為に、薬膳やヘリオセントリックと言う星読みをやっています。

 

 

昨年の支援会に参加していた頃は、住まいが富士山の麓でもあり、遊びに行ってみたいと

おっしゃってくださる方が多くいらしたので、それなら、遊びに来てくださった方が、

ゆっくり憩えて、リフレッシュして帰っていただける様なスペースを作りたいと思っていました。

 

元々自然が大好きなのですが、現在住んでいる地域は標高が900mと、環境としては様々な植物を楽しめる絶好の場所です。

 

 

こちらに住むようになって7年経ちますが、採って食べられる植物、香りの良い植物など

日々楽しませて貰っています。

 

例えば、食べるなら、春は山菜、初夏には野いちごや木苺、秋には鬼胡桃にアケビ

香りで言えば、ニセアカシア、野バラ、アケビ、サラシナショウマ

 

皆さん、アケビが良い香りがするのをご存知でしょうか?

花も可愛らしいし、香りも良く実も食べられるそして、蔓は籠なのどの細工にも使えます。

 

その様な四季折々の自然を楽しめる環境に最初は感動しました。でも、地元の方々の関心の無さは大変残念です。子供たちも野いちごを採って食べたりする様子も見かけません。

山菜も一部の物を除くと誰も採っている様子が有りません。

 

 

そして、私が大切に思っている自然はどんどん宅地化が進み林や森が無くなり更地に変わって行っています。

 

私としては、こんなに素晴らしい自然の恵みのある場所をこれからの子供たち、そして大人の為にビオトープとして残したいと思っています。

 

 

そう言う想いを持つようになって半年アンディさんに、ドリプラに参加すればこれからやりたい事がもっとスムーズに出来るようになる、とおっしゃっていただいた事も大きいのですが、自分をもっとより良く変えて行きたい玉ねぎの皮を全部剥いてしまう位の

気持ちで、変えて行ければと思い参加を決めました。

 

どうぞよろしくお願いいたします

 



プレゼンター候補

加藤京子 さん(愛知県)

◎サボテンが特産の春日井市在住

 

物心ついた時から今まで父母に全否定されて、時間と選択と感情の自由を得られずに過ごしました。体が大きくなるまでは髪を引っ張られ、眼鏡が飛び頭皮が痛い日々、父は「俺の居ない所でやって」と言い、娘への無関心さ、本当は助けて欲しかったなぁ。

 

〚時間:成績が悪い理由で一日中する勉強、好きな事が出来ませんでした。選択:母が、ピンクを着せたい様で紺のワンピースが欲しいと言えなかった。感情:悲しくても部屋にズカズカ入って来るので泣けなかった。〛

 

小5の時の私は、頑張って、やる気を出しても怒られてしまう。私は怠け者だと自責していました。自分を守るために心を閉ざし、恐怖心で楽しい事を楽しいと思えない環境でした。

 

この頃、母のプライドを傷付けた為に、このまま死ぬのだと思う出来事がありました。先月、母にその行動の理由を聞いたら「そんな事をした覚えも無いし、する理由が無い」と言われ、自分の心に50年刺さっていた杭を抜きました。

 

美術大学生で一人暮らしをし、初めての彼氏が出来て自由になれたつもりでしたが、彼氏に嫌だから辞めて欲しいと言えずに我慢する。環境が変わっても、私は昔のまま不自由でした。

 

結婚して息子が反抗期になり、反抗できる息子が羨ましかった。私は父母に、どうせ分かって貰えない想いから反抗が出来なかったからです。私がやっと、自分らしくなりたいと思っても、やり方が分からない。友人への依存を経て出逢ったのは、応援者として参加したWomanドリームプランプレゼンテーションの支援会でした。

 

全肯定世界の衝撃、熱量とサボテンの花言葉である[あたたかい心]を感じ、生きていて良かったと思いました。【居たい場所】が見つかり、仲間達とアンディさんの導きで「今日は、どの道を通って駅に行こうかな?」と今まで考えた事のない選択をやれる様になりました。私と他者は違う世界に生きていて、考え方は同じではない。他者との距離感を教わりました。

 

今までの殆どは、本来の私では無かった。望む練習と直ぐに叶える経験を続けています。記念日でない日に、食べたくなったハンバーグステーキを外食する。楽しくないと思っていた自撮りをやってみたら、自己受容になって変顔をしたり、本当は、どんな表情をしたいのか、自分を感じて楽しさへ変わりました。

 

母に小学生の頃に「言っている意味が分からない」と言われてコミュニケーションを辞めました。ここ、ドリプラで心で人と繋がりたい想いを満たし【伝わった】の経験をする。

 

私をリセットして【私は何者か】を知り、過去の悲しみを感じ切った後の世界、過去を活かした未来へシフトチェンジ、可能性を拡げます。

 

最近、私は自分と話をしたかった、自分と仲直りしたかった。他者に依存して心を満たすのを辞め、自己受容の大切さに気付きました。感じた事をその時に伝える。伝えられない場合でも、私は私の味方だと感じて生きる。私が小学生の頃に知りたかったです。

 

自分が自分にほっとする言葉がけ。感じるままに感じていい。自分に寄り添う習慣化(自分は自分の親友である)と自分平和は世界平和に繋がります。

 

自己受容を【平和への願いの一つの選択肢に】私だから、自愛を伝えられます。自分らしく生きたい方々と手を繋いで放しません。

 

私らしく無邪気(5歳児が、ずっと砂場で、はしゃぐよう)に生きても愛される。私が光、太陽のようになろう。みんなの心の扉を開ける存在になります。

プレゼンター候補

八田 香織 さん(兵庫県)

尼崎市に引っ越ししてきて、1年半くらいになります。

元々は、京都府亀岡市の出身です。

 

父は本が好きで、子供の頃からよく図書館に、連れていってもらっていた影響で、本を読むのが大好きになりました。

歌うのが好きなのも、父の影響があると思います。

昔はカラオケBOXなどなかったので、カセットテープに父と交互で歌って、録音したりして楽しんだこともありました。

 

言葉を紡ぐこと、言葉の響きなども好きなのは、そんなところからもきているのかなぁと思います。

 

ただ、カブトムシや金魚は、飼っていた事があったのですが、犬や猫などを飼う事は、父も母も反対で飼った事がなかったのです。

 

子供の頃は、犬が飼いたくて、でも飼えなくて電池で動く犬のおもちゃに名前をつけて、可愛がっていたりした時もありましたが、大人になってから、犬を飼うとしても、仕事をしながら毎日散歩に行ったりする事は、難しいなぁと思いながら過ごしていた中、知人の所に猫が3匹産まれたので、見にいくと、3匹のうちの1匹が、左目が少しショボショボしていて、もしかしたら、見えなくなるかもというメスの三毛猫に一目惚れして、この子にする!と生まれて初めて猫を飼う事にしました。

幸い、左目は、大丈夫で、現在10歳 元気に過ごしています。

 

猫好きになった私、Twitterで、保護猫がいて、猫が出てくる猫の本だけ扱っている本屋さんが、東京 世田谷三軒茶屋にあるのを知りました。

それが、CatsMeowBooks(キャッツミャウブックス)

時々、通販で本を買っていたのですが、ある時Twitterの中で、キャッツミャウブックスの店主 安村さんと色んな本屋さんが、お話しされる「スペース」というのがある事を知り、月に一回聞くようになりました。

 

本屋さんの仕入れ、現状などなど実際本屋さん、絵本屋さんをされている方々のお話しが面白くて、儲からないと言われながら、みなさん楽しみながら、本屋さんをされてるのが伝わるものだったので、本屋さんをやりたいと思い始めました。

 

でも、本屋さんで勤めた方も何も知らないので、まずご縁を頂きお知り合いになった方から、絵本講師の資格を学ぶ事にしました。

読み聞かせの方法や絵本を読む事、絵本を読む事で自己肯定感が上がる事を学びました。

 

そして、2022年5月。

念願のキャッツミャウブックスへ。

初めて訪れる前に、Twitterで、店主 安村さんにご挨拶と本屋さんになりたい事をメッセージで送らせて頂き、お返事を頂けた時は凄く嬉しくなりました。

3泊4日で東京へ。その間2回もキャッツミャウブックスへ足を運ばせて頂き、なんと安村さんとお話しする機会も頂けて、本と猫とビ-ルが好きで、在宅ワークをしながら本屋さんをして、いずれは本屋さんだけで、生活したいなど、お客さんが来なかったので、色々お話を聞く事ができました。

近くにある「えほんのみせ ぱっきゃらま-ど」にも行って、店主の陽子さんとも行く前にTwitterで仲良くなっていたので、お喋りに花が咲きました。

 

そんな素敵な出会いの中で、東京 下北沢の本屋B&Bの共同経営者でブック・コーディネーターの内沼さんが講師の「これからの本屋講座」を受講したりして、色んな方の本屋の夢や具体的なプレゼンを聞きながら、自分は保護猫がいる猫や動物が出てくる絵本を中心に置いている絵本屋さんを3年以内にすると強く思い描くようになりました。

 

お店の名前は、「あおぞらねこ」 空色のテント屋根がのきにあり、しろぬきのひらがなで店名が書かれているそんなお店を描いています。

キャッツミャウブックスのように、売上げの10%を保護猫団体に寄付をすることをしていきたい、猫グッズも置きたい、そして店の奥では密かにアロマセラピーなどもやってみたいと夢は広がります。

出来れば、尼崎市の活性化に繋がるようにお店を開くのもいいかもと思ってみたりしている今日この頃です。

 

会う人会う人に夢を語る事で、自分の夢を形にする その想いを語れる場を頂けた事に、感謝しています。

 

プレゼンター候補

武井康代さん(東京都)

長野の大自然のなか、五感を豊かに育みながら幼少期をハイジのごとく天真爛漫?に過ごす。

 

JAZZベーシストの父の影響もあり。

音を色でとらえ、声には温度や表情があることを感覚として身につけた幼少期。

 

そんな中、最大のコンプレックス

それは人前で話すこと!

そして曇り届かない声!

 

緊張MAX、頭は真っ白、聞き取れないほどの声。。聞き返されるほどに小さくなる声声声

 

出来たら〜目立ちたくなーい!!

でも、何故か目立ってしまう!!

 

ジレンマのまま大学生になった。

 

そんな私を根本的に変えてくれたのは

ゼミの教授のたった一言。。

 

『あなた声良いね』だった。

 

この魔法の言葉は人生を180度変え、

今の私をカタチ作っている。

 

コンプレックスが宝になった瞬間だった。

 

その後、客室乗務員として大空を飛び回る日々。。

任されたのはまさかのアナウンス。

 

そして、現在、司会業をしながら

 RADIOプロデューサーとして声のブランディングをしている。

 

言葉のパワーは計り知れない。

人の人生を良くも悪くも変えてしまう。

 

ならば、良き言葉と言霊で人を勇気づける人であり続けたい。

 

目立ちたくなーい!

でも目立ってしまう!

 

ならば、それも自分!

 

ぜーーんぶ自分と認めてあげられたことで

今は、ようやく自分の足を地にしっかりつけて歩き始めることが出来た。

 

たくさん〜悩み〜

たくさんコンプレックスと戦った

たくさん〜泣いて

 

でも、そのかわりに

たくさん〜勇気を持てた

たくさん〜自分のステキなところも受け取れた

たくさん〜笑顔になった

 

 

大丈夫!

人はいつからだって人生変えられる!

人生ってどんな〜愉快でステキな展開が待っているか分からない。

思いっきり皆と一緒に楽しみたい。

 

 

まさかまさか今回のウーマンドリプラの機会を得るとは思ってもみなかったです。

 

でも、後半人生がスタートした今!

元、人前で話すのが大の苦手だった私がお話することで、どなたかの勇気になれば嬉しいです。

 

どうぞよろしくお願いします。

 



プレゼンター候補

鈴木 純子 さん(愛知県)

準備中