第17回womanドリームプラン・プレゼンテーションのプレゼンターとプレゼンターを支えるパートナーをご紹介します
*順不同でのご紹介になります*
今までスタートアップ企業や新規事業開発の仕事に携わってきました。
新しいことに挑戦するエネルギーはあるものの、特に自分の軸がないまま、周りの波に流されてきたように思います。
今、公私共に人生の分岐点にいます。
これからは「自分を大切に生きること」を軸に、本当は何をしたいのか、自分自身と向き合いながら進んでいきたいです。
今まで誰かのために生きてきたことを、
これからは、自分を大切にして自分のために時間を使いたいと思っています。
これからの学び、そして、これから出会うたくさんの方とお会いできるのがとても楽しみです!
よろしくお願いいたします!
現在14歳年の離れた旦那さんと、旦那さんのお母さんと2世帯住宅で3人で暮らしています。
私の母も車で20分くらいの所に住んでいるので、合間を縫って会いに行っています。
仕事は、薬局の事務をしていて、仕事というより脳トレをさせていただいているという感覚で、とても楽しく仕事をさせてもらっています。
私はヨガ·水泳·ウオーキングが大好きで、特に今は股関節の柔軟性に興味を持ち、固かった自分の身体がどこまで進化できるのかチャレンジをしていて、9年目になります。
私が生まれた時3歳年上の兄がいて私は末っ子でした。共働きの家庭で育ち、欲しい物はいつも買い与えてもらっていましたが、小学生の頃家に帰っても誰もいなく、犬だけがいつも私を癒してくれていました。いつも一人でテレビを見ていて夜ご飯は、大体夜の9時くらいでした。いつも怒っていた記憶がありますが、満たされる事はありませんでした。
母にはせめて夕方には家に帰って来て欲しかったと思ってはいましたが私の中でその思いは言語化される事もなく、自分の為に働いてくれている、欲しい物はいつも買ってもらっていると自分を納得させていたことを思い出します。
そんな幼少期を過ごしていた私は、人目を気にしたり寂しそうと思われない様に元気に振る舞ったり、少々生きづらかったのは確かです。
ウードリをやっている武田愛子さんに初めてお会いした時、等身大の愛子さんの姿でタンタンと自分自身の事を話される愛子さんの姿に心惹かれたこと今でも忘れられません。
私も愛子さんの様に、自分の内側から湧き出る安定感や自信を輝きとして、自分の事を表現できる人になれたらいいなと感じました。
講座を勉強していく度に、人の目を気にしなくてもいいんだ!相手の機嫌はとらなくてもいいんだ!相手の考えは相手のもの。私の考えは私のもの……そう思うとだんだん生きやすくなってきました。
これからプレゼンを作る上で、自分自身とたくさん向き合う場面が出てくると思いますが、皆さんに応援していただき、自分を大切に生きていける人生を歩んで行きたいと思います。
今現在の私の夢は、自分が理想とする180度開脚前屈ができるようになり、そうなった自分は、どう考えどう行動して行くのか見てみたい。
まだ分からないけど、身体の不調や心の不調で悩んでいる人の助けになる様なヨガクラスをやって行けたら嬉しい。身体が整うと心が整うということを伝えていきたい……。漠然とそういうことを考えています。
私がウーマンドリプラ(WOMANドレプラ)への挑戦を決めたのは、
募集を知ってわずか2週間後
5月20日のことでした。
本番までたった2か月。
計画していたことではありません。
それでも不思議と迷いはなく、「ああ、今なんだ」と、直感的に心が動いたのです
。
小さい頃の私は、とても引っ込み思案でした。人前で話そうとすると赤面してどもってしまい、学校でも誰とも話さずに帰ってくるような子どもでした。
人とコミュニケーションを取ることが、何より苦手だったのです。
結婚してからは19年間、4世代が同居する家の嫁として暮らしました。その中で経験したのが、家族3人の同時介護です。
介護そのものの過酷さ以上に私を苦しめたのは、「自分の想いを誰にも伝えられないまま、ただ一人で頑張り続けること」でした。「苦しい、つらい、助けてほしい」。たったそれだけの言葉が言えなかったのです。
自分の本当の声を飲み込み続けた結果、3人を看取ったあと、私は激しい過呼吸とPTSDで倒れてしまいました。人は、想いを伝えられないまま生きると、身体も心もここまで苦しくなる。そのことを、私は身をもって知ったのです。
その後、40代半ばで離婚。そこから「本当の自分を生きたい」と必死にもがく中で、笑いヨガに出会い、呼吸と笑顔を取り戻していきました。
その中から生まれた、満面の笑顔の筆文字。それこそが、私の人生を大きく変えることになる「笑い文字」です。
49歳で一般社団法人を立ち上げてからは、それまで県外にすらほとんど出なかった専業主婦だった私が、全国を飛び回り、人前で話し、協会や会社を運営するまでになりました。
けれどこれは、「私は変われました」という、よくある成功物語ではありません。
自分の想いを語ることは、今でも怖いのです。だからこそ、これは過去の話ではなく、「今、ここから」始まる挑戦です。
協会を大きくし、仕組みを動かすうちに、私はまた少しずつ、自分の本当の想いを語らなくなっていました。責任を背負う中で、自分が本当にしたかったことが見えなくなっていたのです。私がしたかったのは、大きな組織を作ることでも、立派な先生をたくさん育てることでもありませんでした。
ただ、世の中の人がみんな、自分の想いを伝えて生きることができたら、どんなにいいだろう。本当に、それだけだったのです。
嬉しかったときに「嬉しかった」、ありがとうと思ったときに「ありがとう」と書いて渡す。笑い文字は、上手な文字を書くためのものではありません。想いを、今、書いて渡すためのものです。 人とうまく話せず、つらさを表現できなくて息ができなくなった、かつての私のような人に、この小さな一枚があったなら、どれほど生きやすかったか。
だからこそ私は61歳の今、もう一度、この世で本当にしたかった原点に立ち返ろうと決意しました。
何歳からでも、人はまた始められる。怖さを抱えたままでも、小さな一歩を踏み出していい。 言葉が苦手でも、伝える方法はある。笑顔は、自分の中からもう一度生まれてくる。想いを伝え合って生きることは、この世にいる人すべての祝福なのだと、私は信じています。
これまで私は、人にお願いをすることや、応援を求めることがずっと苦手でした。でも、この挑戦は一人で抱え込みたくありません。本当はずっと、誰かと一緒に歩きたかったのだと気づいたからです。
私の挑戦を応援していただくことは、私個人への応援に留まらず、「いつか自分の想いを伝えることを取り戻したい」と願う誰か、そして未来のご自身を応援することにも繋がっています。
私がもう一度、本当にしたかったことを始めるために。そして、想いを伝えて生きる人をこの世界に少しずつ増やしていくために。どうか、皆さんの力を貸してください。応援、よろしくお願いいたします。
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